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くじけず進む

いろいろ気を使ったり
思うように行動ができなかったり

そんなときに無意識に出るのが

「あ~しんど」

でも、ここでへこんだらよくないし
口癖にもなってしまっているので

「そ~れでもくじけず、すっすむ~」
と続きを歌にします。

その歌は小さい頃聞いてた、コレ
(1:43ころ)



ついうっかりしんどいことを口にしてどよ~んとするよりも、
リズミカルに体を揺らして元気を取り戻したい
そんな気持ちからやってるうちに
癖になり、
「あ~しんど」
ハッ!!
「そ~れでもくじけず、すっすむ~」
とやっています。
不思議と元気取り戻します。
面白いですね
私って意外と単純だなー
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by mika-atori | 2015-09-27 07:45 | 日々のこと | Comments(0)
私だったら鼻をつまめというところですが
この子のお父さんは賢いなー

びっくり



鼻の奥にある通り道を蓋して口からだけ息を吐くって
言葉で説明してもできないから、
いい方法だと思う
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by mika-atori | 2015-09-26 10:06 | 日々のこと | Comments(0)

お見送りに逃げる

実家に行って
両親とはなの様子を見て
夜遅くに帰る時

私が帰り支度をし、玄関に立つと
はなはいつも遠巻きにして私を見ています。

小さい頃は、
行ったらダメ!
と私の腕に前足を絡めたり服を引っ張ったりしていましたが
最近は、
「はなおいで」というと
何か期待したように走ってきます。
そこで私が
「また帰ってくるからね。お利口さんにしてね」
と頭にキスをしていました。
私がドアを閉めると、
ふいっと普通の生活に戻ると
母から聞いていたので
そんなに別れは寂しくないんだと思っていました。
ところが、
ここのところ
玄関でキスをしようと呼んでも
遠くから私を見ているだけで
「いや!」と文句を言って(るるるるるると鳴きます)
寄ってきません。
しつこく呼ぶと文句言いながら寄ってきますが、
素通りして他の部屋に入ってしまいます
そしてお見送りもせず。

どういうことかだいぶ考えてみました。

以前、福島の第一原発の事故のせいで
犬だけが家にいて
一週間に一度だけエサをやりに行っているおばあさんがいたことを
思いだしました。
そこのワンコは、寂しくてひもじくて
ご飯はすぐにネズミに食べられてしまうしお水は凍ってしまうし
悲惨な環境である以上に
おばあさんと離れ離れで一人で過ごすのが
堪えられないようで
おばあさんが帰り支度を始めると、
物置の隙間に頭を突っ込んで見ようとせず、
お見送りもしませんでした。
おばあさんとまた一週間はなれるのが悲しくて
寂しくてお見送りなんてとてもできない
そんな様子を
おばあさんも良く分かっていて
そっと帰るのです

それに思い当たりました。
おそらくはなちゃんも
お別れのキスが寂しくてつらかったのでしょう。
今度からは、はなが遊んでる間に
そっと帰ることにします。
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by mika-atori | 2015-09-22 07:12 | はなのこと | Comments(0)
オリバーストーン監督の
「ワールドトレードセンター」見ました。

ビル崩壊のがれきから救出されたたった20名のうちの
18,19番目に助け出された
湾岸警察の二人の実話です。

映画の半分以上が暗いがれきの中
そして、右往左往する家族。
逃げようと思えば逃げられたのに、
埋まった一人を助けようとして崩れてきたがれきに挟まれて死んだ同僚
本当に悲しい映画です。

人命救助で避難誘導のためにビルに入って
災難にあった人々です。

この映画では、
テロ行為の犯人には全く触れられておらず
ただ最後に救出された主人公んぼ独白にこうあります

9.11は人間がどれだけ邪悪なことができるかを証明した。
だが同時に、人間がどれだけ善良になれるかも証明した

これだけです。

生きた二人ががれきの6メートル下に挟まってることを
探し出した自己判断で駆け付けた元海兵隊員
そして、危険を顧みず、
そのがれきの中を身をくねらせて砂を吸いながら救出に当たった人々

ほんとうに、人ってすごいなと
言葉がありません。

助からなかった人のほうがずっと多く
この映画をご覧になった遺族は
どんな思いがするかなと
少々心配にはなりましたが、
心に突き刺さる映画でした。

がれきの下敷きになるとはどんなことか
初めて見せてもらいました。
自分がああなったら
どうなるのかなと、不安も持ちました。

今夜眠れるかな。
胸が痛くて、眠れるかどうか。

ビルに飛行機が突っ込んだという一方に
市バスを使って駆け付けた湾岸警察の人たちが、
バスから降りて見上げているシーンには感動しました。
ちゃんと、バスのフロントに、
煙をもうもうと挙げている
衝突直後くらいのビルの姿が映っていたのです。

さすがオリバーストーン監督。
きわめて誠実な映画作りです。
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by mika-atori | 2015-09-20 23:20 | 映画のこと | Comments(0)

教師の苦しみ

先日、数学の中年男性の先生が
ため息をふかくついたので
「どうかしましたか?」
と聞いてみました。
他に誰も教員がいなかったので
いいタイミングです。

校長先生に呼ばれて
注意を受けたとのこと

彼はとてもまじめで
きちっと子供にも教えていますし
子供たちからの支持も大きい。
実際子供たちの成績も上がってきています。
なのになぜ?

きくと、
わが校での希望の星A子ちゃんが
自分が塾で習ったことは授業で扱わないでほしい
時間の無駄になるから
そう校長に直接訴えたとか。
私だったら「は?」
で終わる話ですが、
学校の期待の星なので、校長は
それこそもみ手ではいはいとうなずいたようです。

私の理論で行けば、
塾に行くのは個人の勝手。
学校の授業には
一クラス40人もいて
みんなが授業を受けています。
塾に行っている子もいれば行っていない子もいます。
一つずつ段階を追ってならっていかなければ
数学なんて一足飛びに理解できません。
みんな一生懸命授業を受けているというのに
自分はそれを知っているから
授業で扱うなとは
酷い言い草です
わがままも度を越しています。
ところが、学校側はそうではない。
そのくせ、クラスの全国模試で成績を上げなければそれも呼び出しです
A子ちゃんに合わせて
かりに一足飛びに難しいことを教えたとします
他の子供は混乱するし、
今まで積み重ねてきたものがいかされず苦しむでしょう。
つまり、全国模試のクラス平均だって
下がるはずです。
なのに、A子ちゃんに合わせた授業をしろとか。

恐ろしいですね。
学校って、こんなところだったのでしょうか。

こういう、「苦情」に弱いのが
私立の欠点ではありますが、
いぜん行っていた進学校は
いくら力ある保護者が苦情を言ってきても、
それが道理に合わないとなったら、
校長はガツンと言い返していました。

生徒数の問題かもしれません。
生徒数が多いと、学校は強い。
生徒数が少ないと、
生徒様様、保護者様様
なのでしょう。

教育は、ただ一人のためでもあり
大勢のためでもあります。
教育は平等であるはず

なのに一部の子の意見を取り入れて
その教員を呼びつけて注意するとはどういうことでしょう。

ほとほと嫌気がさしました。

彼が深いため息をつくのも納得です。

いい仕事だと思っていましたが、
こうやって努力や理想や権利をゆがめられるのです。

子供たちがかわいそう、そんな気もします。

保護者の方々、
自分の子さえよければいいと思うのはやめてほしいです。

おねがいします
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by mika-atori | 2015-09-17 20:34 | 日々のこと | Comments(0)

人の心が聴ける能力

昔は良く、
人の本心が聞こえたらいいのに
なんて、友達は言っていました。
そう言って心理学を研究する友達も多かった。
でも、今は、
ネットでちょっとコメントしたら
本当に口汚い言葉で誹謗中傷
そこまで行かなくても、
まるで自分はすべてを知っているというような高飛車なコメント
そういうものが多く見受けられるし
感情的に見せないような丁寧な言葉でしかしヒステリックに語られたもの
そんなコメントであふれかえっています。

これを見て、
これって本心が丸見えっていうことなのかな?
って一瞬思いましたが
まあ、完璧な本心ではないといいますか
本質の一面が出てるのかもしれませんね
顔が見えないし自分の正体がばれない分
本来なら相手も自分も守るために働く防衛本能がそがれて
攻撃的な一面が出てしまう
炎上しようが人を傷つけようがおかまいなし
中には、人を傷つけたくてコメントしてるんって言うくらい
嫌なことばかりあちこちでコメントしてる人もいますね

こういうのをみると、
なんかなー
やっぱり人には、立場とか顔とか
正体がはっきりするの
大事なんだろうなーって思います。

正体がはっきりしてても人に嫌な言葉を言う人は
まあ、いますけどね

嫌なことを人に言えば
当然周りから嫌われる
でも、ネットだと嫌われないというか
自分本体は無事。

これからこういう世界が広がって発展していくだろうと思うと
人間世界どうなるのかなって思います

確かにネットは知らなかった知りえなかった情報も提供してくれるし
メディアのように政府から圧力とかかからないから
いいんですけど
もっと有効利用できるネット社会に
なればいいなぁと

倫理観の問題といえば
それまでなんですけど
なんせ、人間なので
むずかしいです
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by mika-atori | 2015-09-13 07:49 | 日々のこと | Comments(0)

おめでとう!

今年の2月に膝蓋骨脱臼が発覚してから
随分長くかかりましたが、
昨日やっと最後の抜糸が終わり、
自由に動いてよいという医師の許可が下りました。

2月から7か月、本当に大変でした。

今は一歳半
「一番若々しくて動きたいときにかわいそうだった。
 でもよくがんばりました」
医師もそう言って
はなを讃えてくれました。

特によく動くし走りたい子だったから
本当にかわいそうでした

お散歩は特に行きたがらないのですが、
お庭に出たいし、
おうちの中を走りたいという
欲求を抑えて、
我慢に我慢を重ねていました。

避妊手術も含めると
生まれてからこの一年半の間に7回も全身麻酔の手術を受けたことになります
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病院に連れていかれるとわかると
震えて抵抗し、
手術前に先生に抱えられて病院の奥へ連れていかれる時などは
諦めたようにぐったりと抱っこされて連れていかれていました。

全身麻酔は冷めた後が気持ち悪いので
迎えに行くと
酷くつらそうにして
車の後部座席で
「おかあさん、お手手つないでて」
と片方の手を握ってもらって
母にもたれて気持ち悪いのをこらえているようでした。

でも、もう今日からは自由です。
最後にした左足の違和感はまだ残っているようで、
少し気持ち悪そうにグッと後ろに伸ばしたりしますが
しっかり走れます。
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手術の時にした毛刈りが、
おかしくて(笑)
鬼のパンツ履いてるみたいです。
笑ったらかわいそうですが。
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やっと自由になれて
走っても怒られないし、
延ばし延ばしになっていたワクチンとフロントラインさえクリアすれば
お庭に出られるしドッグランにも行けます。
(骨を切っての大手術なので、骨がくっつくまでワクチンは禁止だったのです)

最初、我が家に来た時はわがまま放題でしたが、
この手術の日々を経て、我慢しないといけないことが多くて
かわいそうではありましたが、
とってもお利口さんになりました。

言葉も「指示」や「命令」ではなく
普通に人間への会話と同じく話してもすべて聞き取っていうことを聞きます。
先代のねねちゃんと同じくらい
言葉はよく理解できるようになりました。
(ねねちゃんは、言葉にしなくても視線だけで察知もできていましたが、
 そこまで行くにはもっと長い時間が必要です)

はなちゃん、おめでとう!
今日から自由に遊べるよ!

よく頑張りました!
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私が枕にしていた四つ折り座布団、おトイレに行っている間に乗っ取られました(笑)
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by mika-atori | 2015-09-06 09:23 | はなのこと | Comments(0)

血というもの

今日は、つくづく「血」というものの持つ力を思い知らされました。

私には、叔母はたくさんおりますが、
母方の叔母は一人だけです。
母の妹で、私がこの17年間憎んでいた人です。

母方の祖母、つまり母と叔母の母親が亡くなったのが17年前でした。
大勢いる親類の中でも
特に私をかわいがってくれた、
最愛の祖母でした。
勉強もできないし体も弱い私を
幼い頃から愛し、認めてくれていた唯一の人で
愛に満ちた人でした。

その死はあまりにも突然で
私はお別れの言葉を告げようにも、
意識のない死にゆく祖母の耳元に
「ありがとう」
そうささやくほか術がありませんでした。

家族に愛された人ですから、家族にとっては
この人の死は大きな衝撃でした。
母は泣いて泣いて泣き続けるあまり
目の周りがただれ、食事も受け付けず
酷く衰えました。
叔母は、やはり受け入れられないようで
拒絶反応を起こしたようにおう吐することもあったようです。

しかし、祖母が突然倒れる二時間前に
遺書を書いたと母の職場に電話してきていたことから
(予感がしたのでしょうか?)
母は、祖母の最後の手紙を必死に探しました。

ところが、ありません。

当時同居していた叔母に聞いても知らないの一点張りで
結局わからずじまいでした。

祖母は、かなりの遺産を有していました。

葬儀を終えて少し経った頃から、
叔母の動きが怪しくなりました。

詳しくは述べたくありません。

結果として言えることは、
叔母は、母の職場に突然現れて、
遺産放棄の印をつくように冷たく言い放ったのでした。

母は、押印しました。

さて、祖母の死から十年以上経った頃だと思います。
叔母が、ひょっこり我が家に電話してきました。
特にこれといって用事はないようでしたが、
母は、まあ、人がいいといいますか
懐かしそうに電話をしています。

その頃から、仲直りしたのか
月に数回電話をかけあったり、
母と叔母でランチしたりするようになっていました。

私には理解できません。
あんなにひどい仕打ちをされて
母はあの頃げっそりやつれるほどショックを受けて
そんな目に遭わされたのに
なんで仲良くできるのか。

私の妹でさえ、まあまあ、
独り身の女だったんだから、
頼みの綱の祖母が亡くなったことで
自分の生活が不安だったんでしょう。
許してあげましょうよ

そんなことを言います。

元来執念深い私は、
全く許せませんでした。
遺産?
そんな話ではないのです。

親を亡くしてがっくりきている時に、
実の姉に対してあんなに攻撃を仕掛けてきて
私の母をひどい目にあわせたそんな叔母を
決して許すものか

ずっとそう思っていました。

祖母の死から17年経った今でも、
私は許すどころか、
もし病気になったとか
困ったとかいったって、
私は絶対助けない。
それだけの仕打ちを私たちにしたのだ!

そう思っていました。

先ほどまでは。

今日は体調が悪く、
どうしてもしんどくて
15時くらいから少し横になっていました。
そのうち、睡眠不足も手伝って
いつの間にか眠っていました。

突然携帯が鳴って、
寝ぼけた頭で出ると
母からでした。

叔母が、ガンだという知らせでした。

去年の末から咳が出始め
近所の町医者に行っても
かぜ
ぜんそく
百日咳
ありとあらゆる病名がつけられ、
その間も咳き込みはひどかったようです
そこで少し大きめの病院 
蛍池にある 刀根山病院に
今年の4月にかかりましたが

わからないので、
また8月に検査しましょう

そんなことを言われて分からないまま過ごしていたようです。

出された咳止めで
少し眠れるようになったと言っていました。

咳がそんなに続くなんてしんどいでしょうと
母は大きな病院、例えば豊中市立病院などに行くことを強く勧めたのですが
電車に乗って
モノレールに乗って、
そうやって通うのが面倒だ
それに8月にまた検査してくれるというから
刀根山病院でいい
そういって、時間が過ぎるのを待っていたそうです

そして、8月
刀根山病院で再検査しても
やはりわからないといわれて帰り、
ふと思いついて近所の小さな耳鼻科に行ったそうです。
そこは昔喉の写真を撮ったことのある耳鼻科だったので、
刀根山病院でとった最新の写真を携えて、
小さな耳鼻科に行くと
癌の可能性があるとそこで初めて言われ、
豊中市立病院に行くよう紹介状を渡されたとか。
その頃には、プリンしか喉を通らないほど喉が腫れていたと
今になって聞かされました。

そして、今日、豊中市立病院で
咽頭がんであるという結果を聞き
涙ながらに母に電話してきた
というわけです。

叔母がガンだということを聞いた瞬間に
憎んでいた心がすべて霧のように消えてなくなってしまいました。
どうしてあげればいいのだろう
かなり進行しているはずです
だって、あちこちの病院をたらいまわしにされた挙句、
時間を引き延ばされて
症状が出てから約一年、
一切の治療をしていなかったのですから。

ガンの治療は、
想像に余りあります

とにかくいつも思うのですが、
豊中市の医療のレベルの低さには
腹立たしさを通り越して嫌気がさします

私にできることはあるのか。
最初に咳き込んだ時に
豊中市立病院に行っていれば!
いえ、せめて
4月の段階で
刀根山病院でなく、他の病院に行っていれば!

そんな思いが胸を交錯します。

今まで長い間胸に渦巻いていた憎しみは
一体なんだったのでしょう。
これが、血の繋がりというものなのかもしれない
そう感じました。
相手が元気でいてこそ憎めるというもの
病気になったって世話なんかするものかと思っていたことが
全て吹っ飛んでしまいました。

来週、大阪大学病院で受診となります。
母が付き添うとのことです。

今、叔母がどんなに打ちひしがれているか
そう思うとかわいそうでなりません
自分でも不思議ですが、
叔母の様子が想像できて
とてもつらい。

なんとか、治りますように
神様にお祈りするしか
私にはなす術はありません

私も叔母の治療の手伝いをしようと
今は思っています。
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by mika-atori | 2015-09-03 18:29 | 日々のこと | Comments(0)

各県に一つずつ、
核廃棄物処理場を作るそうですね

愚者は経験から学び
賢者は歴史から学ぶ

といいますが、

せっかく経験しても勉強していない

日本は愚者以下、ということになります。
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by mika-atori | 2015-09-01 07:30 | 日々のこと | Comments(0)

永世中立国


永世中立国スイス連邦

国連に参加しようとしても中立の立場が邪魔な時もあった。
じゃあ、どうしたか。

例えばこれが日本だったら、
政府独断で中立やめて国連に参加するでしょう。

wikipediaによると

1945年 - 国際連合が成立。スイスは中立が維持されるという前提での参加を望んでいたが、サンフランシスコ会議には中立であったため参加できず、また連合国も中立という考えを嫌っていた。1946年にスイスは国連に参加しないという書簡を国連総会議長宛に送付した[5]。ただし国連機関の設置や、国連の非軍事組織には参加している。
2002年9月10日 - 国民投票の結果を受けて190番目の国連加盟国となる。


残念な気もしますが、大事なところは緑のところです。
政府が勝手に決めたりしないんですね。

さらに軍事関係はどうなっているかというと
(これもwikipediaから引用です)

代におけるスイスは、国軍として約4,000名の職業軍人と約210,000名の予備役から構成されるスイス軍を有し、有事の際は焦土作戦も辞さない毅然とした国家意思を表明しながら永世中立を堅持してきた平和国として知られる。スイスは国際連合平和維持活動(PKO)への参加に積極的で、国外に武装したスイス軍部隊を派兵しているが、決して武力行使をせず、PKOでは武器を用いない人道支援に徹している。

日本だってできるはず。

私は何も軍隊もつなとかいってるんじゃないんです。
アメリカに頼らない自国の防衛軍をもてばいい。
そうすれば、攻め込まれた時のみの軍事行動だし
他国で戦闘する必要もない。
そうなれば、徴兵制も必要と思います。

つまり、いつも守ってやってるんだからお前俺の命令を聞け
というようなやり方で、
アメリカやオーストラリアの戦争についていって
戦闘するということを
日本人にさせたくないんです。

第2次大戦前と今の日本、結構似ています。
社会福祉減らして防衛費は上がっていく
教科書の大幅な改変
一党独裁型政治

今反対してる人達を
口汚くののしっている人達は
戦争になる可能性が上がることに目をつむっていて
「デモなんて、共産党員のアルバイトか、左翼バカの集まりだ」なんていってますし
政府はデモに関しては相手にしない方針で行くみたいですが、
でも意外に私たちの意思を表明する手段ってありますか?

次の選挙でって政治家はみんな言いますが、
それまでにはもう決まってるでしょ、安保関連法案。

選挙で政党を覆したって、
一度決まったものを覆すことはなかなかできなくなるんです
だから、今、なんです。
となると今できるのは、
京大の猶子の会が開いてくれているような「ひろば」と呼ばれる自由参加の勉強会
集会
デモ
出版
啓蒙活動

そういうことになります

日本も永世中立国になってくれればいいな。
「憲法9条を貫く」毅然とした信念。
こういうのを、「日本」の政治家に求めたい。

他国に言われてすぐ反応して
言うままになる国は、
危うい

私はそう思います
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by mika-atori | 2015-09-01 07:24 | 日々のこと | Comments(0)

日々のことをおもいつくままに書いています。


by mika-atori
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